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レイキとは何でしょうか?

レイキマスターの仁科まさきです(^o^)
レイキにご興味を持って頂いて嬉しいです!
このサイトでは純粋にレイキの情報を提供していきます
 

〇 レイキとは?

レイキの流れ

レイキはもともと「霊気」と書いて
目に見えない不思議な力を持ったエネルギー
です。あとで説明しますが「」という目に見えないエネルギーが実在するのです。

「えっ、そんなの妄想でしょう?」と思われるかもしれません。そもそも、気のエネルギーは物理的な測定器には反応しません。電磁波ではないのですね。「だったら、存在しないのでは?」って思うかもしれません


ところが気は生き物は反応するのです! レイキを受けると、患部が治癒活動を始めて熱を帯びてきます。実際に身体の生理的な変化が起こります。ケガもその場で治ったりします。測定にはかからないけど、生き物の身体に変化が起こるこ不思議な力を持ったエネルギー、それがレイキなのです。

気功は聞いたことがあると思いますが、気功もこういった気のエネルギーの一種です。ただ、気功の場合は送る人が自分の気力と体力を使って作り出しています。ドラゴンボールを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。

ところが、レイキは自分では作らないのです。これも驚かれたり分かりにくい点なのですが、レイキは誰の身体にも無意識で常に流れているのです。生きている限り、レイキの流れていない人はいません。人によって多い少ないがあるだけです。

多くの人は気が付いていませんし、私も以前は分かりませんでしたが誰の身体にも常に無意識でレイキのエネルギーが流れています。目には見えないし、レイキは無意識で流れているので、その存在に気が付きにくいのです。

つまり、レイキは皆さんの身体をいつも無意識で勝手に流れている、病気やケガが治ったり、心が癒されたりと不思議な力を持った、目に見えない測定器にもかからないエネルギーなのです。

そして意味も無く流れているのではなく、皆さんが健康に生きていくためには欠かせないエネルギーです。私たちの身体が健康に働くためには、物理的な栄養素の他に、このレイキのエネルギーが必要なのです。

〇 レイキはほんとに実在するの?

レイキは経験が少ないと「ほんとに実在するの?」「思い込みじゃないの?」「妄想ではないの?」と思われるかもしれません。これは実際に様々な病気やケガに使って効果があれば、自然に納得できるのですが、一番簡単な例をご紹介しましょう。

それは手の冷たい人に、服の上から手を当ててもらってレイキを送ってもらったときです。受けている人はどう感じると思いますか?

常識的な答えとしては「冷たく感じる」ですよね。レイキが送られているときは、もしその箇所が何も問題が無ければ、それはやはり「冷たく感じる」だと思います。

しかし、もしその当てられた箇所が悪い状態だったり(つまり患部)、凝っていたりしていると、受けていいる人はその部分が「暖かい」、場合によって「熱い!」って感じたりします。当てた手の温度が低いのに、受けた人が熱く感じるということは、受け手のその身体の部分で何かが起こっているということです。これは間違いなく、手を当てることで、その部分が変化を起こしているということです。これが目に見えないレイキの作用です。そのまま手を当て続ければ、凝りや不調が解消して、同時にその熱感も退いていきます。

もちろん、手の温かい人から手を当てられると、何でもない箇所・普通の箇所でも暖かく感じますが、患部や問題箇所はさらに一層熱く感じるのです。レイキによって、確実に身体に生理的な変化が現れます。物理的な測定器は反応しませんが、生き物の身体が反応して変化する、それがまさに”気”なのです。

 

〇 レイキはどうやって使うの?

レイキを使うには送りたい箇所に単に手を当てるだけです。そう、ただ当てるだけ。力んだり、念じたり、願ったり、意識したりしません。

レイキでとても大事で本質的なことですが、それは手を当てても
「出す」とか「送る」という意識を持たない ことです。

これ、「エイヤァー~!」って力んでやる気功が良く知られているためか、非常に誤解されやすい点なのですが、レイキは出すものでも送るものでもありません。レイキはあくまで「無意識で勝手に流れるエネルギー」です。無意識だからこそ、レイキなのです。

では逆に「出すぞ~!」「送るぞ~!」って意識して手を当てていると、どうなのでしょう?
その場合は、その人の個人的な気、エネルギーが送られるのです。それも気の一種なんですが、レイキではないのですね。あくまで無意識で勝手に出ていくのがレイキです。

この点、理解されていないヒーラーさんも多くいます。特に海外ではキリスト教徒の原罪の意識から「何もしないのに何か良いことが出来るわけがない」と考えて、手を当てているときに天使や、天国や、光などをイメージしたり、何かよいことをイメージしながら手を当てたりすることがありますが、それはもはやレイキではなくなってしまっています。

レイキは手を当てて送っていきます。手かざしではありません。手当てです。身体の悪い部分に手を当てると、その部分が自然にレイキを吸ってくれて、自己治癒力が活性化して、不調や病気のケアが出来ます。ストレスやメンタルな問題、心身症には頭に手を当てます。そんなことで不調や病気が治るはずないって、普通は思うのですが、それが実際に起こるのですね。

〇 疲れてしまう?

さらに「出すぞ~!」「送るぞ~!」と意識していると疲れます! 自分で気(エネルギー)を作り出して、それを送っているので、自分の体力と気力を使ってしまうのです。ですから、疲れてしまって、慣れていない人だと1分位が限度だと思います。そんな短時間では、普通は効果が出ないし、質的にも良くないのですね(後述)。

もしも、手を当てていて「疲れてしまう」というのでしたら、それはレイキではないのです。レイキの場合は、無意識で出て、しかもその時には自分の身体を普段よりも多くレイキが流れますから、とても心地良くなって、長い時間手を当てられるものなのです。

レイキは皆さんの中をいつも無意識で勝手に流れています。ですから「何かをしよう」と思わずに、ただ手を当てているだけでちゃんと流れるのです。頭で、あ~だ、こ~だとしようとしないで、自分の身体を信用する、自分の身体に委ねるのが大事です。

〇 レイキは無心にならないといけないの?

さらに誤解して頂きたくないのは、無心になろうとしないことです。レイキの無意識とは無心のことではなく、「頭で考えていることとは、あまり関係なく出る」ということです。イライラしたり、緊張したり、〇〇しないといけないと考えたり、うんと不安にならなければ、頭で考えていることとは関係なく、ちゃんとレイキは流れていきます。

そもそも、無心にならないと出ないのだったら、誰もレイキを使えるようにはならないでしょう。手を当てているときに、雑念が色々と出てくるものですが、それはほとんど影響ありません。

えっ、そんないい加減で大丈夫なの??

そうなんですよ、そんないい加減で大丈夫なのです。変に気張ったり、意識しない方が上手く行きます。「リラックスしなきゃいけない!」って緊張してしまうのも良くないです。レイキは、適当、お気軽、いい加減、気楽お気楽が一番上手く行きます。

〇 レイキと気功の違いは?

人からはレイキ以外のエネルギーも色々と出ています。意識に基づいたもの、感情に基づいたもの、筋肉に基づいたもの、人格に基づいたもの、その人の守護霊に基づいたもの、色々と出ています。

気功は、このうちで意識や筋肉の状態で、その人が作り出していくエネルギーです。気功はその人の個人的なエネルギーです。ドラゴンボールのような理解で概ね正しいです。意識して、力んで、出していきますが、自分のエネルギーを使いますから、使えば使うほど自分は消耗します。出すこと自体も、出し方をトレーニングしないといけません。普通は2年3年と修養していかないと実用的なエネルギーが出ません。消耗しますので、回復法も学ばないといけません。

気功の場合は、色々な意図が可能です。相手の不調を良くしようとか、相手を倒そうとか、相手を眠らせようとか、逆に相手の具合を悪くすることも出来ます。送る人が何らかの意図を作ってそれを送っていきます。相手に合わないエネルギーを送ってしまう可能性もあります。

手を見ている

しかし、無意識で出ていくレイキには、意図がありません。手を当てているときは「良くなれ」とか「治れ」という意識は持ちません。レイキのエネルギーには意図がありません。レイキでは、全て受けての身体に任されているのです。レイキを受け取った身体のほうが、その時に必要な形で自由に使えるのです。ですから、レイキには合う合わないがありません。

レイキはよく気功と混同されますが全く別物です。レイキは無意識で普段から皆さんの身体を流れているエネルギーです。意識して出すエネルギーではありません。ですから、修業は全く不要ですし、使って疲れてしまうこともありせん。むしろ、他人にレイキを使うことで、普段よりも多くレイキが流れるので、レイキの場合は他人に使った方が、自分の調子が良くなります。レイキと気功は、目に見え得ないエネルギーという意味では同じ分類ですが、その出方や性質はむしろ全く正反対のものです。

〇 レイキって怪しくないですか?

目に見えないものですから、それを怪しいと感じる人も居ます。科学的には理解したり説明できないことなので、それで怪しいと感じる人もいます。また、もともとレイキは「霊気」と書きますから、それで怪しいと感じる場合もあります。

でも、誰でも生まれつき出来る、何も信じる必要はない、年齢・性別・宗教・国籍・人種に関係なく出来る。いわゆる霊感とも無関係で、宗教とも無関係です。レイキは実はすごく健康的で健全なものなのです。人生に対する捉え方も、とってもポジティブで肯定的です。

本当は「霊」という漢字や概念は、とっても身近なものなのです。実は、今の元号である「令和」の「令」は、本来は「霊」と書くところを、画数が多いために同じ音の「令」という漢字で代用するということが、古くから行われてきました。「霊」というのは、不思議なとか、神秘的なとか、素晴らしいとか、尊いという意味で、「令和」の「令」もそれを受け継いでいます。都民には身近な高尾山も、日本遺産「霊気満山 高尾山」として登録されています。

霊気満山 高尾山